J1クラブの人件費比率が3年で20ポイント落ちた
2021年度の約56%から2024年度の約35.8%へ。クラブが人件費を削ったからではない。収入という分母が4割伸びる間、人件費はほぼ動かなかった——各クラブの決算まで降りると、そこには「戻ったクラブ」と「戻らないクラブ」の分断がある。
何が起きたか
Jリーグが開示するクラブ決算をもとに集計すると、J1の人件費比率の平均は次のように推移した。
- 2021年度:約56.3%
- 2024年度:約35.8%
差は約20.5ポイント。1つの指標が3シーズンでこれだけ動くのは、単年の振れ幅では説明しづらい水準である。

「入れ替わり」では説明できない
J1は昇降格でクラブが入れ替わる。比率が下がったのは「もともと比率の低いクラブに入れ替わっただけ」ではないか——この論点を潰しておく。
2021年度と2024年度の両方でJ1に在籍した同一15クラブだけを取り出しても、平均は56.4% → 35.7% とほぼ同じ幅で低下している。つまり構成の入れ替わり(composition effect)ではなく、居続けたクラブ自身の比率が下がっている。
定義の変更を差し引いても残る
比較を難しくする要因が1つある。2022年度から人件費の定義が「チーム人件費」から「トップチーム人件費」へ変わり、アカデミー指導者報酬などが集計から外れた。段差の一部はこの定義変更で説明できる。
そこで、定義が揃う2022年度と2024年度だけで比べると、50.1% → 35.8% となる。定義変更を差し引いても、なお約14ポイントの低下が残る。
なぜ下がったのか——数字で分解する
比率は分数である。分子(人件費)と分母(収入)がそれぞれどう動いたかを、J1合計の実数で確かめる。
- 営業収入(分母): 832億円 → 1,165億円(+333億円、+40%)
- トップチーム人件費(分子): 468億円 → 417億円(△51億円、−11%)
分母が4割伸び、分子が1割減った。この2つの動きだけで、20ポイントの低下はほぼ機械的に説明できる(56.3% × 0.89÷1.40 ≈ 35.8%)。
では、収入は何で増えたのか。増収333億円の内訳を大きい順に並べる。
- 入場料収入: 80億円 → 217億円(+138億円、2.7倍)——増収全体の4割
- スポンサー収入: 392億円 → 489億円(+97億円、+25%)
- 物販収入: 73億円 → 119億円(+46億円、+63%)
- 移籍補償金等収入: 78億円(2022年の開示変更で独立した行。2021年は「その他」に内包)
- 一方、Jリーグ配分金は 98億円 → 79億円(−19億円、−19%)と逆に減っている
つまり分母を押し上げた主役は、リーグからの分配(放映権料等の配分金)ではなく、観客の戻りを起点とするクラブ自身の興行・営業収入である。しかもこの増収は特定クラブの一人勝ちではない。2021・2024両年J1の15クラブは、1クラブ残らず増収だった(最大は新スタジアムが開業した広島の+45.8億円、最小でも鹿島の+6.0億円)。

観客は「コロナ前」を超えて戻ったのか
2021年との比較は、無観客・入場制限の年が起点になるぶん回復を大きく見せる。そこでコロナ前の2019年度と比べる。
J1平均の1試合あたり入場者数は、2019年度 20,751人 → 2024年度 20,355人。回復率98.1%で、ほぼコロナ前水準である。しかも2024年のJ1には2019年時点でJ2にいたクラブ(町田・東京V・京都など)が含まれるため平均が薄まっており、両年ともJ1にいた同一14クラブに限ると 22,195人 → 22,198人と、回復率はちょうど100%。観客はコロナ前に「完全に」戻ったと言ってよい。
ただしクラブ別に見ると、その中身は一様ではない。2019年超えは14クラブ中6つ。広島は新スタジアム(2024年2月開業)の効果で184%と突出し、鹿島112%・浦和110%が続く。逆に鳥栖は65%、C大阪は83%と、コロナ前の水準を大きく割り込んだままだ。座席充足率(平均入場者数÷収容人数、2024年度)でも札幌44.0%・福岡45.0%に対し湘南73.6%・C大阪73.1%と倍近い開きがあり、「リーグ全体は完全回復、ただし恩恵の分配は不均等」というのが正確な描写になる。なお、広島の新スタジアム効果の中身や、鳥栖・C大阪はなぜ戻らないのかといった各クラブの増減要因は、今後配信する「Jリーグ60クラブ事業分析」シリーズで1クラブずつ掘り下げる。

人件費減の実像——「みんなで一律に絞った」のではない
リーグ合計の人件費は3年で51億円減った。これを「各クラブが平均的に人件費を絞った」と読むと、実像を外す。両年J1の15クラブの増減を並べると、分布は極端に偏っている。
- 純減は▲53.4億円。ただし減らしたクラブだけの合計は▲67.6億円で、広島(+8.1億円)・札幌(+5.2億円)・浦和(+1.0億円)のように増やしたクラブもある
- 減少幅の最大は神戸の▲22.4億円。1クラブで純減全体の42%を占める
- 次いで柏▲9.8億円、川崎F▲8.9億円、C大阪▲6.2億円と続くが、神戸との差は大きい
神戸の推移を単独で見ると、この偏りの意味がわかる。

5年で▲41.1億円。イニエスタ(2023年7月退団)をはじめ、ビジャ(2019年引退)、ポドルスキ(2020年退団)、フェルマーレン(2021年退団)と、世界的スターの大型契約が順次終了していった時期と正確に重なる。鳥栖もF・トーレス在籍期(〜2019年)を頂点に人件費を圧縮した。
では「助っ人外国人が減ったから人件費が下がった」と言えるか。外国籍登録選手数の網羅的な推移データは今回確認できておらず、登録数ベースでこの説を検証することはできない(この点は明記しておく)。決算から言えるのは、より限定的で、しかしより具体的なことだ——リーグ全体の人件費減の主因は、平均的なクラブの緊縮ではなく、世界的スターの超大型契約を抱えていた特定クラブ(とりわけ神戸)の路線転換に集中している。なお神戸はスター路線を縮小した2023年・2024年にリーグ連覇しており、「人件費比率34.8%での優勝」は、この構造変化を象徴する数字である。神戸・柏・川崎Fがそれぞれ人件費をどう動かし、浮いた資金を何に振り向けたのか——クラブごとの意思決定の中身も、60クラブシリーズの各回で個別に解説していく。

それでも、20クラブすべてが「低い水準」に並んだ
クラブ別の2024年度人件費比率を並べると、最高は福岡の46.6%、最低は新潟の23.9%。優勝した神戸が34.8%で、20クラブすべてが50%を下回った。欧州の規制ライン(UEFA70%・プレミア85%)から見れば、J1は「最も比率の高いクラブですら規制ラインの3分の2以下」という位置にいる。

世界のなかでの位置
人件費比率は、欧州では上限規制の文脈で語られる。UEFAはスクワッドコスト(選手・監督関連費)を収入の70%までに収める規制へ移行し、プレミアリーグも独自の上限(SCR、85%)の導入を決めた。
※SCR(Squad Cost Ratio=スカッドコスト比率): 選手・監督の報酬、移籍金の償却費、代理人手数料の合計が収入に占める比率を85%以下に制限するプレミアリーグの新財務規則。従来のPSR(収支ルール)に代わるもので、UEFAの70%規制と同じ枠組みを緩めに設定した英国内版にあたる。
これらは日本の開示と定義が異なるため単純比較はできないが、規制ラインが70〜85%に置かれている世界——放っておけばクラブが収入の7〜8割超を選手に注ぎ込んでしまう世界——に対し、J1は全クラブが24〜47%に収まっている。観客がコロナ前水準まで完全に戻り、15クラブすべてが増収となったいま、この「余白」を財務健全性とみるか、選手への分配の薄さとみるか。優勝クラブが比率を下げながら勝った事実も含めて、次回、増えた収入333億円の行き先を決算からたどる。
今後の配信予定
Pitch Balanceでは、今回の「リーグ全体の分解」を起点に、次のテーマを順次配信していく。いずれもJリーグの開示資料を一次データとする。
- 次回: J1の収入は3年で4割増えた。そのカネはどこへ行ったのか——増収333億円の行き先を、赤字解消・興行への再投資・育成/女子・純資産の4つに分解する
- Jリーグ60クラブ事業分析シリーズ(全60回・順次公開)——本稿で触れた各クラブの増減要因を、同じ指標・同じフォーマット・同じ出典で1クラブずつ
- スタジアムは誰のものか——全60クラブのスタジアム所有者・指定管理者を独自調査した台帳から(所有者は県が最多、民設民営は5クラブ)
- Jリーグ配分金はなぜ減ったのか/新しく開示された移籍補償金78億円の中身を読む
- アカデミー別法人化の話——決算上「育成投資ゼロ円」に見えるクラブの正体
この記事はJリーグが開示する「クラブ経営情報開示資料/クラブ決算一覧」を一次データとして、独自に集計・作成した。金額はJ1所属クラブ合計(2021年度・2024年度とも20クラブ)、億円表示(原データは百万円)。本文の「平均」比率はいずれも、対象クラブの人件費合計を営業収入合計で割った加重平均である(各クラブ比率の単純平均では2021年度57.7%・2024年度36.6%となる)。人件費の定義は2022年度に変更されているため、年度をまたぐ比較(神戸の推移表を含む)では定義差に留意している。なお2022年度の集計には決算期間10か月のジュビロ磐田を含む(除外しても結論は変わらない)。2021年度は新型コロナの影響(無観客・入場制限)を含む。選手の退団・引退時期はクラブ公式発表等の公知情報による。作成にあたりAIを補助的に使用している。数値の誤りや解釈のご指摘は corrections@pitchbalance.com まで。
取り上げてほしいテーマのご提案、クラブ・企業の経営分析や執筆のご依頼は hello@pitchbalance.com またはXの@pitchbalance宛DMへ。